岸田 カンテサンス

センスももちろん必要かもしれないけれど、やっぱり誠実さやどれだけ丁寧に時間をかけたかが、料理の内容にはっきり反映されると思っているので」と岸田は照れ笑いする。 その時代、3万円という超高額のコースの店を地方で成功させたというのは、やはり彼の意識の高さだと思います。 岸田:していましたね。

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百年経っても古くならない、歴史に埋もれない料理が目標だ。 見惚れてしまう料理が沢山でてきます。 つまり塩胡椒しかしない調理の店では扱う食材も限られてしまうんですね。

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そして2007年11月「ミシュランガイド東京2008年」で「カンテサンス」は三ツ星に輝いた。 岸田シェフは志摩と東京でフランス料理の基礎を徹底的に学び、2000年に渡仏。 三重県の志摩観光ホテル「ラ・メール」、東京・銀座「カーエム」を経て渡仏。

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岸田 カンテサンス

At the time, what were your future objectives? 決してラクなことではないが、それがあるから、岸田さんの料理はブレない。 それで、夕方6時頃に帰ってきて、晩ご飯は毎日8時頃。 だから、ソースというものが不可欠だった。

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見ていても、知っている食材だけれど、この料理はどんな味がするのだろう? と想像も楽しく、臨場感があり、食べたくなりました。 「アストランス」などの星付きレストランで修業後、帰国し、2006年、「レストラン カンテサンス」を立ち上げる。 13年連続で三ツ星を獲得している天才シェフです。

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岸田 カンテサンス

そこから、どれだけ短時間でお客様のもとに提供できるかがすごく大事。

岸田 カンテサンス

岸田:あれは、フランスでの修業時代に生まれた料理です。 03年、パリ「アストランス」でパスカル・バルボに師事し、04年スーシェフに就任。 帰ってきてから料理をつくるのは、やっぱり親もすごく大変だったみたいです。

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一方で、ラルースやエスコフィエにも立ち返る。 いや当時でも、パリはアストランス以外のフレンチへ、岸田シェフは色々通った経験があるのか、友里は疑問なのであります。 という事も頭に入れておきましょう。

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こうして、ひたむきさによって開かれたの扉の連鎖が、岸田の料理人としての輝かしいキャリアを築いていく。

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